ちょっと愚痴。
病気とは関係のない話になるけれども…。
父と兄がケンカ?というか、父が兄の話をすると怒りだす。
あいつの話はするな!とかなり怒る。
イマイチ原因がわからないんだよね。
これかなー?というのはあるんだけど、これだ!という原因が私にはわからない。
聞けば良いんだろうけど、私にはその勇気がない(;^_^A
前書いたと思うけど、私にしたら怖くてしょうがない人。
怒るからとかそういうんじゃなくて、存在がね、威圧感あるというか…。
そんな人なので、これかなー?みたいな原因。
それは兄が家を建てたこと。
結婚して子供も2人生まれて仕事も順調にしてる。
まぁごく普通の家族です。
30代で家を建てるのは、昔にしたらすごいことなんだろうけど、今の時代は普通にやってること。
不動産関係の仕事をしてるからわかる。
お客様の年齢が私より若かったりね、そういうの見てるから早いだとかは思わないんだけど。
うちは持ち家で土地も家もある。
家はもう築20年は経ってるから色々直さなきゃいけないところはあるけど。
それなりに大きい家で、兄夫婦が一緒に住めるくらい。
父が建てた時、将来のことを考えて設計して造った。
まぁ長男が家を継ぐ、それが当たり前な時代だったのよね、父の時代は。
その長男がうちではなく違う土地に家を建てたわけだ。
父は多分ショックだったのかな、と。
それも兄はちょっと非常識なところがある。
私が言うのもなんだけど、とにかく面倒くさがりで色々言われるのが嫌なんだろうけど、何の相談もなく、「家建てるから。もう土地は買った」と…。
別に相談なんていらないかもしれない。
でも親には言わなきゃいけないこともある。
親だもの。
その兄の話は私も首を傾げることかなと。
じゃあ、今両親が住んでる家どーするの?
兄が継がないのなら、売ればいい話?
違うと思う。
それを怒ってるのかな、と思った。
でも兄がその家を建てたのも、ちょっとわかる気がするんだ。
実家には私がいる。
結婚もしないでまだ居座ってる。
兄夫婦と両親と私。
義姉のことを考えると…。
無理があるよね。
義父と義母、しまいには小姑までいる!
しかも兄は仕事で家にはいられないと思う…
そんなの厳しいよね。
それには私がいなければ解決した話なわけよ。
数年前に兄が私に行ったことがある。
「おまえはいつまでこの家にいるつもりだ?」
と…。
その答えが「まだ出るつもりはない。まだ無理。」
それを聞いたら、うちには来られないな、と思うよね。
それでちょっとケンカしたわけだけど。
「早く出て行け」
と言われた。
それを聞いていた父が兄に怒った。
「砂月が出て行くとはなんだ?それは俺が決める!お前が言うことではない!」
これを言われた兄は何もいえず、そこでケンカが終わった。
逆の立場になると。
それを言われた兄は、結局砂月が大事でこの家に必要なのは砂月なんだ、と…思ってしまう。
俺たちがいる場所はない、と…。
なんかね、両方の気持ちはなんとなくわかる。
両親は病気な娘を追い出すことはできない、一人でなんて心配でたまらない。
家にいたいのであればいくらでもいればいい、体調が悪いならゆっくり休めばいい。
病気なんだから。
ここにたどり着く。
退院して数年はニートしてた。
仕事もせずに引きこもってた。
でも親は何も言わなかった。
言えなかったんだと思う。
ても兄が私に言った言葉。
「早く出て行け」
冷たく言ったわけではない。
兄は昔から素直なことを言ったことがない。
本当は心配なことも絶対心配とは言わない。
私が夜歩いて友達の家に行くと言った時も
「何時だと思ってるんだ!しかも歩いて行くなんて襲って下さいと言ってるようなもんだ!バカかお前は!」
と言われた(笑)
「危ないから車で行け」
と言えばいいことをわざとバカにしたように言う。
昔からそう。
だから心の中では笑いながら、「わかった、車で言ってくる」と私は素直に言う。
この時は確かうちの近くで不審者というか誘拐未遂があって、回覧板が回ってきたなぁと言う時だった。
それを心配したんだと思う。
そんな遠回しにしか言えない人。
だから「出て行け」も冷たく言ったわけではないんだ。
兄は私が病気だと特別扱いをしたことがない。
もっとひどい人もいる、何甘えてるんだ、とよく言われたもん。
だから「そろそろ自立を考えろ」と注意してくれたんだと思う。
私は誰かに背中を押して貰わないと行動できない性格。
石橋叩いて渡れない。
誰かに叩いてもらって歩けるようになったと安全なのがわかってから橋を渡る。
だから背中を押してくれた言葉だったんだと思う。
それを父に怒鳴られ、何様だ、的なことを言われ…最悪に気分悪かったと思う。
結局大切なのは砂月なんだな。と…。
兄は昔から我慢ばかりしてきたのに。
小さい頃から私優先で入院したら幼なじみの家に預けられたり、おばあちゃんと2人で過ごしたり…いつも私についてた両親。
兄はそれに対してわがまま言ったことはない。
いつもごめんね、という母に「別に」と返事してた。
兄はいつも返事は「別に」
学校どうだった?とか何か楽しいことあった?とかテストどうだった?
…母の言葉にいつも答えは「別に」
この「別に」に色んな気持ちが混ざってたんだと思う。
それが今、やっぱり変わらない。
両親は私のことを気遣ってる。
だもん一緒に住むなんて言えない。
言えるわけないよね。
母に兄が言ったことがある。
「今俺には子供が2人、嫁さんもいて守らなきゃいけない存在が3人いる。収入もそんななに多いわけじゃない。だから砂月のことまで面倒はみられないと思う」
母にそう言ったみたい。
私はそこまで考えてくれてたことが嬉しかった。
妹のことまで何とかしてやりたい、でも現実的には無理だろう。
そう考えてくれてた。
そんな優しい兄と父は縁を切ったみたいになってる。
もしかしたら私のせいなのかもしれない。
そうだと思う。
私がいつまでも親の脛をかじって生活してて、結婚もしないでいる。
親が死んだらどーする?
私1人になるんだよ。
でも結婚なんて怖くてできない。
病気のことをさらしてしかも面倒みてくれる人…そうそういるわけねーし。
旦那さんになる人には迷惑かけるだろーし。
子供だってもう年齢的にも厳しい。
…なんだか遅くなっちゃたよね、もう30代もそろそろ半ばになる。
なのに父と兄は…。
なんとかしなきゃいけない。
私のせいでそうなってるのなら…耐えられない、そんなの。
どんな理由かはっきりしてないから理由を父に聞いてみようと思う…。
じゃないと巻き込まれてる母が可哀相でならない。
大事な大事な孫に会えないわけだから…。
母が姪の話をする時は悲しそうな顔する。
そんなのおかしいよね、母のためになんとかしよう。
やるしかない。